NIMRA 2011年の研究会

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2011年総会

日 時:1月18日(水)19:00〜21:00
場 所:リビエール(栄)
内 容:
 2010年決算、2011年役員人事、2011年事業計画について審議し承認を得た。
 会長:柴田 利実

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2011年2月例会

日 時:2月23日(水)19:00〜21:00
場 所:I.C. Nagoya 12番教室 (名駅 大名古屋ビル 1階)
講 師:丸山 茂樹 氏 (I.C.Nagoya校長、NIMRA会員)
テーマ:「日本は本当に国を開けるのか?」
内 容
 2月例会は、この5年間ほど毎年、丸山講師が担当し、外国人労働者の問題を議題にしてきました。今回は、菅首相の発言「TPP(環太平洋連携協定)で国を開く」をテーマに取り上げ、農林中金総研のレポート等を資料として、座談会形式で参加者と議論しました。講演の要旨は以下の通りです(文責:MD)。

【丸山氏の講演の要旨】
 いま話題の本「デフレの正体」を読まれただろうか。そこにはこんな進言が書いてある。いわく▽デフレは生産人口減で起きている▽政府の成長戦略なんて当てにならない▽高齢者の将来への不安を取り除いて、豊かな大人から若者へ資産を移せ▽海外からの旅行者をもっと受け入れろ▽女性の社会進出を進めよ―などだ。

 講師は、40年前にニューギニアに行き、(日本企業が)ラワンなどを切り出しているのを見た。一方で現地では独立運動があり、ソ連が港を作っていた。原材料を輸入して日本で製材する時代から、いずれ、現地で製材して日本へもってくる時代になると思った。日本で(外国人に)日本語の勉強をさせれば、彼らが「人質」になって、ICBM(大陸間弾道ミサイル)も飛んでこないだろう、などとも考えた。

 そして16年ほど前には、ソニーも語学教室をやっていた。日本のメーカーは「いいものを安く作れる国」へ工場をもっていって、日本では作らなくなるという流れにあったから。30歳でその語学教室へきて、さらに40代でそのソニーの語学学校も辞めたが、結果として、ソニーの語学教室を受け取って、いまのIC名古屋をつくった。ただ、外国人への日本語教育はまだ始まったばかりだ。

 その日本語教育にも変化がある。先の「デフレの正体」によると、中国の0−4歳児の数は2000年に1億2000万人強いたが、いまは9600万人くらい。後何年かで大学入学人数は半減する。日本への高等教育予備軍である、日本語学校留学生も毎年1000人規模で申請者数が減っている。英米が門戸を開き、中国が豊かになったこともあるだろう。ユニクロは外国人採用を増やす。トヨタ、ダイハツは新たにインドネシアで生産するというニュースが流れている。一方で日本の若者は、外務省の若者でさえ、海外勤務を嫌がる傾向がある。そんな時に首相が「国を開く」といっている。

 そのひとつが、医療ビザ発行の動きか。いわゆる医療観光だ。ただ、この面の先進地バンコクと比べると、まったくベースが違う。バンコクの病院には、日本語を話せるスタッフが何十人もいて、部屋も高級ホテル並みだ。

 このままいくと、日本人は母国においてさえ、外国人に負けてしまう。永谷園につとめる元中国人卒業生は日・中・英がしゃべれる。又、I.C.名古屋のスタッフのひとりは6か国語をしゃべる。日本人にそんな人、身近にいますか?

 TPPを巡っては、農業が焦点になっている。一方で鎖国論があり、経団連は加盟しなきゃだめだという。政府や国会にまかせるのではなく、国民ももっと注意しないといけない。

 日本が2国間協定をインドに続いてタイやベトナムとも結ぶと、人はどんどん動いていくだろう。中国の団体客がもっと日本にきやすいように条件も緩められるだろう。ただ、人が動くことによって観光客が増えて、それで食べていける時代ではない。ビジネスモデルが変わっている。LCC(ローコストキャリア、超安値航空会社)は、寄港地で乗客が落とすお金が目当てで飛んできている。銀行が融資だけでなくATM利用の手数料で稼ぐようになったが、旅行業は手数料収入が消えつつあり、業界として消えつつある。とにかく日本に外国人に来てもらわないと、日本にお金は落ちない。

 その日本、明らかに若い人の水準が落ちている。15年ほど転職者向け就職の世話をしていて感じる。引きこもりも多い。パソコン教室にきても、すぐにいなくなったりする。

 日本政府は、日本にくる留学生数を2010年に14万人になり、過去最高人数と発表しているが、足元では新たな日本語学校への新入学者数は08年から減ってきている。「日本のアニメやパティシュエが人気」といわれたが、NHKは「ピークは去った」と報じていた。インドネシアの高校に、日本語を教える日本人先生は皆無。しかし、中国語を教える中国人教師は国策で100人も居る。タイでも、学ぶ言語を日本語から中国語に移す人がひたひたと増えている。

 われわれは日本人、特に若者は、日本や自分のことだけでなく、外国のことや、外国との関係にもっと関心を持つことが大事だ。口ばかりの『国を開く』と言う言葉を他人事のように考えていると、大変な事になる。真剣に日本の財政問題や国のあり方を庶民が議論すべき時期に来た。

【文責者コメント】
 途中や最後に自由論議があり、その話題はTPPだけではなく、アジア各国の国内事情や日本人論など、多岐に及んだ。(文責:MD)

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2011年3月例会

日 時:3月22日(火)19:00〜21:00
場 所:I.C. Nagoya 12番教室 (名駅 大名古屋ビル 1階)
講 師:樋田 敬 氏 (名古屋税関OB、旭運輸(株))
テーマ:「名古屋港輸入貨物と輸入通関、および関税評価制度に関して」
内 容

 樋田氏は長く税関に勤務された後、現在の会社で通関の仕事をされています。一貫して関税の実務に関わってこられた「関税のプロ」。名古屋港に輸入される商品の関税がどのように決まるかから始まり、いまの税関の役割などについて、豊富な経験と知識をもとに実例をたくさん交えて詳しく解説してくださった。以下はその要約です。(文責:MD)

【樋田氏の講演の要旨】

 輸出入する貨物にはすべて「通関」の手続きが必要です。その際、あらゆる貨物について、その種類ごとに分類し、9ケタの番号をふります。9ケタのうち、初めの6ケタは「HS番号」と呼ばれ世界共通で、5051品目に分かれています。後の3ケタは、日本の法律に基づいて決まり、税率も国内法で定められています。これをまとめたものを関税定率表といい、15pほどの厚さがあります。たとえば「サクランボ」は「0829.20 −●●●」で税率は8.5%。税金が高いですね。山形の農家を保護するためです。

 どうしてこんな分類が必要かというと、世界で統一しないと不公平が生じ、経済戦争になってしまうからです。ただ、この分類は「1600年代の欧州」をスタンダードにしており、日本人の感覚とずれる品目がたくさんあります。たとえば牛蒡(ごぼう)は食用ではなく「薬用の根」、Yシャツは外衣でなく「下着」、パンストも靴下ではなく「下着」といった具合。新しい商品が開発されたり、今まで輸入されていないものが輸入されるようになると、分類に迷う例が出ます。消しゴムつき鉛筆は鉛筆か消しゴムか。最近の多機能型の携帯電話は無線電話かパソコンかカメラかテレビか。いずれも主たる機能は何かで決めるので、前者は「鉛筆」、後者は「無線電話」に入れています。木魚は日本なら宗教品だが、欧米は当初は楽器だといってもめた。最近では、位牌(いはい)の半製品や破魔矢飾り、結納品が輸入されているが、こちらは宗教用品の分類ではありません。

 こうして分類した商品は、課税価格を算定して、それぞれに決まった税率をかけて関税額を決めることになります。課税価格には、実際に輸入業者が貨物代金として海外送金した金額だけではなく、輸入以前に製造段階でかけられた手数料やデザイン料、特許権なども含めます。最近多いのが、金型代の申告漏れです。金型がないとモノは作れません。日本の金型は品質が高いので、生産地へ日本から送ることが多い。なのに貨物代金に金型代を入れずに申告するケースが非常に多い。税関勤務時代に調査官を4年やりました。200万ほどの納税不足を見つけて輸入業者に指摘すると「それだけ追徴くったら、首つらなあかん」と泣きつかれたり、次回の輸入からはきちんと申告することを約束させて、分割払いを認めたこともあります。なんとか検察庁への告発にこぎつけたい悪質事例もあったが、証拠が足らず断念したことも。大手商社はなかなか塀の中には落ちません。

 いま税関は、業者をEXCELLENT(優良)か RISKY(不良)かに識別し、優良と承認した企業の輸出入品の通関手続きは実質的にフリーパスにするようになってます。そうした優良会社を認定する制度を「AEO」と呼び、いま日本には100社ほどあります。トヨタやパナソニック、ヤマハ、ソニーなど。特にトヨタは熱心だった。とにかく通関手続きにかかる時間を短くしたいと。一方、税関は、不良業者の輸入する社会悪品の摘発に余力を注ぐようにしています。狙いは「シャカ・シャブ」。拳銃と覚せい剤ですね。

 特に覚せい剤の汚染は深刻です。覚せい剤は耳かきいっぱいくらいが一回の量で、いま2万円ほどします。患者は1日に1回は注射しないと狂ってしまう。そんな患者が国内に27万人いるといわれていますので、年間使用量を計算すると2,916kg。ところが年間の摘発量は平成21年で333Kgでした。わずか11%にすぎません。2,583Kgも抜かれている。税関よもっとがんばれ、ですね。それに末端価格も高値安定しています。平成13年に摘発された北朝鮮洋上ルートを覚えていますか。北朝鮮の船が覚せい剤を海に沈め、暴力団がソナーで見つけて回収するというルート。沖縄の沖合で日本当局の船と北朝鮮船がドンパチやって北の船が沈んだ。回収した船から携帯電話が見つかり、その中に日本の暴力団組員の番号があり、摘発につながった。あのときは一回の量が5,000円でした。今はその4倍。ノリピー事件があっても高値安定している。シャブ患者の75%は大麻吸引の経験がある。大麻はシャブへの入り口。絶対に近づいてはいけませんよ。

【講師プロフィール】

樋田 敬(といだ たかし)
1963年 3月 大蔵省 名古屋税関入関、2002年7月同退官
 この間、関税評価部門4年、立入調査部門 4年、通関部門(航空機部品・同材料通関部門 15年、電気・機械通関部門 4年、セラミック部門 4年、冷凍マグロ通関部門 2年 等)通関業務を通算 25年経験。最終役職 特別価格審査官(関税評価)。
2002(H14年8月) 旭運輸株式会社入社 通関管理室配属 現在に至る。
会社 HPに評価関係の解説を掲載

・「関税評価入門」
・「関税評価チェックリスト」
外部講師
・JETRO貿易認定アドバイザー(AIBA協会)研修  関税評価 講師
・JETRO輸出入支援セミナー 関税評価・通関 講座 講師
・日本通関業連合会 通関士専門研修 関税評価 講師

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2011年4月例会

日 時:4月20日(水)19:00〜21:00
場 所:I.C. Nagoya 12番教室 (名駅 大名古屋ビル 1階)
講 師:鈴木 孝昌 氏 (中日新聞社会部 部次長)
テーマ:「東日本大震災を考える 新聞報道の立場から」
内 容

 4月例会は中日新聞社社会部の鈴木孝昌部次長に「東日本大震災を考える 新聞報道の立場から」と題して講演をしてもらった。鈴木氏は、中日新聞に1985年に入社後、本社経済部、社会部で幅広く取材を経験。この間、北京と香港で通算9年間にわたり特派員もつとめた。今回の東日本大震災では、本社内で取材の取りまとめ役をつとめ、10日目からは現地取材班キャップとして宮城、岩手で取材の指揮をとった。この震災は「戦後最大の日本の危機」だけに、参加者は21人といつもの倍。円座の自由論議も熱っぽいものとなった。以下は講演の要約です。(文責:MD)

【鈴木氏の講演の要旨】
 震災が発生した午後2時46分は夕刊が終わって一日で一番ほっとしている時間でした。その後、巨大な津波が街を飲み込んでいく様子のヘリ映像をテレビが生中継した。世界で初めてのことで、衝撃だった。
 取材体制を決めるのは私の仕事。中日は被災地には支局がないので、近くにいた記者4人をすぐに小牧に向かわせ、社有ヘリで福島に飛んでもらった。スーツに革靴、コートも着替えもなし。翌朝には仙台・若牧地区や石巻、陸前高田に入った。記者とカメラマンはピーク時は27人になった。
 記者によると、現場は凄惨のひとこと。一面が海水とがれき。たくさんの遺体ががれきの一部のようにあった。9割が水死。損傷は少ないが、全身が泥で汚れていた。なんとか避難した人たちの隣にたくさんの遺体。最初に現場に入った記者たちは、被災の規模が大きすぎて、自分は全体像を伝えられるのかと立ちすくんでいた。私は「目の前にあることをそのまま書いてこい」と励ました。
 私も1週間後から現地キャップとして被災地に入った。ある遺体安置所はボーリング場だった。レーンに化粧飾りのついたお棺が並べてあった。遺体の顔もきれいに拭いてあった。遺体の尊厳を守る日本の意識を感じた。若い母親が行方不明の我が子を探していた。この棺の遺体が自分の子であってほしくない、でも、探したい。そんな意識だったろうか。ついに見つけると、ただ泣き叫んでいた。「ごめんね、ごめんね」と。
 福島原発は(現場に入れないため)東電、保安院、官房長官などが1日に2、3回ずつ行う発表が情報のほとんど。東電は会見の内容もおそまつで危機管理能力のなさを露呈した。放射能拡散を調べる「SPEEDI」もなかなか公表されず「隠ぺい体質」を感じた。
 その放射能は紙面化の際、余計な不安を巻き起こしたくないとの意識はあった。ただ、当局の「直ちに健康には被害はない」との説明をおかしいと書けるだけの力やデータがこちらにないのも事実。どのくらい浴びたらどんな病気になる恐れがどのくらいあるのかというデータが広島、長崎くらいしかないとも聞く。
 原発関係の記事で一番反響があったのは、福島での現場作業を嫌って名古屋へ避難してきた元作業員の証言を大きく書いた時。「作業の実態がよくわかった」という声と同時に、「逃げてきたやつの話をどうしてこんなに大きく書くんだ」という批判もいただいた。人間の弱さを書くのも新聞だと考えています。

【担当幹事から】
期待以上の参加者数と熱い議論になりました。質問や意見が原発に集中したのは予想通り。論議が佳境に入り「朝まで生テレビ状態」(鈴木氏)になったところで時間切れに。でも、原発をどうするかは、日本人ひとりひとりが「自分の問題」として考え続けなければならない問題だと思います。

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2011年5月例会

日 時:5月24日(火)19:00〜21:00
場 所:I.C. Nagoya 12番教室 (名駅 大名古屋ビル 1階)
講 師:谷口 正明 氏 (叶ウ文館書店 代表取締役会長)
テーマ:「紙の本と本屋の行方」
内 容
 谷口氏は、名古屋の老舗書店「正文館」の会長として、また愛知県書店商業組合の理事長として書店経営の最前線で活躍されています。人が一生を通じて本から受ける恩恵は計りしれないものがあります。しかし、我国では、特に20代30代の「活字離れ」が深刻さを増しています。また、手軽にアクセスできる電子書籍もメリットばかりではないようです。一方、インターネットの普及による本の流通経路の多様化や本に頼らない情報入手の定着は、書店経営にも大きな影響を与えているようです。今月は、谷口会長の30年に及ぶ書店経営の経験をもとに、今の本屋さんや本そのものが置かれている環境と、数多くの問題や課題を判り易く解説して下さいました。

【谷口氏の講演の要旨(文責MD)】
 いま日本には出版社が3900ほどあり、出版された本の6割以上が取次販売会社から書店へという流れで読者に届いている。取次は日版・東販の寡占状態。従来型の書店は全国で年に400店ほどが消えている。郊外型の大型ショッピングセンター内の書店や、コンビニルートに押された結果である。当然ながら、出版市場もこの10数年、縮小が続いている。2010年は1兆8748億円。ピークは1996年の2兆6千億円ほどだが、あのダイエー1社分の売上高だった。
 出版界の常識は社会の非常識。ハイリスクでローリターン。高い本ほど売れないリスクが高いのに取り分は少ない。逆に雑誌やコミックは回転率がよければ2割3分の粗利があるので、どの本屋も金太郎飴のような経営になる。しかも出版点数はいま年に8万点で20年前の倍だ。当然、1冊あたりの売れ行きは減っているわけで、極めてロスが大きい。
 図書館のあり方も問題だ。今はベストセラーなどの「無料の貸本屋」になっている。貸出数にこだわらず、民間でやれないことを公はやるべきだ。名古屋市の図書館も、それぞれの蔵書に特色を持たせたらどうか。「東区は歴史、港区は海洋」という風に。
 ブックオフのような新古書店も問題だ。人気コミックなら1冊50円で買ってくれるので、近くの書店で10冊単位で万引する少年が後を絶たない。見つけても子や親は「払いますから、いくらですか?」。警察に届けて抑止効果を出したいが、調書等で店長が4、5時間も取られるのでつい躊躇してしまう。
 アマゾンに代表されるネット購入の広がりは、取次会社側の問題が絡んでいる。書店が客の注文を送っても、取次は経費を考えて段ボール一杯にならないと発送しない。書店は「いつ届く」と返事できないので客を逃がしてしまう。
 ケータイも私たちの敵。辞書機能がついているし、読みたいページのみ撮る「デジタル万引」も増えている。悪用は論外だが、電子辞書も含め表面的な効率性のみを享受するのではなく、「学びの紙、調べの電子」という心構えが必要ではないか。
 電子書籍の実態も09年の売り上げ574億円のうち9割が携帯向けで、その4分の3は電子コミック。しかもその多くが同性愛などを扱ったきわどい内容で、読んでいるのは若い女性らしい。日本は大丈夫だろうか。いまもっと恐れているのは、子供たちを経済成長の手段として扱う教科書のデジタル化。絶対に阻止しなくてはならない。
 教育はプロセスが大事なのに、なんでもかんでも便利さを追求しようとしている。すぐに結果さえ判ればいいと。情報量は多いほどいい、というのも間違い。与えられる情報が多いと、そのぶん想像力が落ちると考えている。これを阻止するために日本は、紙の文化を失ってはならない。そのために愛知県書店商業組合は古書店組合と提携した。

【参加者のひとこと】
 若者の読書離れが深刻な問題となっているが、家庭で「親が本を読むかどうか」「本のある環境であるか」が大きな要因との指摘が胸に響いた。

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2011年6月例会

日 時:6月22日(水)19:00〜21:00
場 所:I.C. Nagoya 12番教室 (名駅 大名古屋ビル 1階)
講 師:桂川 成治 氏(大手外資系銀行 プライベートバンカー、社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員)
テーマ:「プライベートバンカーから見た日本経済」
内 容
 金融ショックにより混迷を続けてきた日本経済。その回復もままならない状態で東日本大震災が起きてしまいました。一部の報道では復興需要により今後は景気が回復するという見方もあるのですが、果たしてどうでしょうか? 今回は、大手外資系銀行のプライベートバンカーで、証券アナリスト協会の会員でもある講師をお招きして、最近の株や為替の動きに加え、海外のアナリストの目に映る今のNIPPONについて、お話しを伺いました。

【講演の要旨】
 日本の政務残高は、2009年に1,032兆円(対GDP比は218%)である。これは、G7諸国の中で財政状態が良くないと言われているイタリアの116%やアメリカの84%と比べて突出した数字であり、先進国では最悪の状態である。しかし、講師によると以下の理由により日本の財政破綻の可能性は低いことが指摘された。
・国家の破綻とは対外債務が支払い不能になることであるのに対して、日本の国債は95%が国内投資家によって保有されている。この為、そのリスクは少ないこと。(ギリシャは94%、ポルトガルは60%、アイルランドは55%が海外投資家によって保有されている)
・国家には政府以外にも家計や企業も含まれ、家計は1,084兆円の貯蓄超過にあり、その結果、国家全体の対外純資産は263兆円あること。
・公的な対外債務はなく、また、主要国に比較して消費税の引き上げ余地は大きいこと。

 国家財政に関する議論以外に、震災後の日本経済に対する海外の見方についても言及があった。震災による経済的影響は、16〜25兆円と推計され、阪神淡路大震災の10兆円を大幅に上回る。復旧・復興費用として10兆円が必要とされるが、子供手当等の諸制度を凍結して約5兆円を捻出したとしても、復興国債は5兆円程度の発行が見込まれる。この5兆円の国債の追加発行が重荷になるものの、現在の債務残高に比較し、1%程度を引き上げるにしかず、金利に対する影響も限定的である。そしてそれ以上に世界的な株価の回復から秋以降に業況回復が期待され、それを見越した外国人投資家の日本株買いが進行していることが判断根拠であるという。また震災によって、日本人の規律正しさや冷静さに敬意を払い反日感情が和らいでいる中国人が増えているとのコメントもあった。

【担当幹事の所感】
 質問では様々なリスク要因も指摘されたが、世界一のプライベートバンクから見た日本は、震災があったものの日本人の特性や技術は今なお高く評価され、海外からは見捨てられていないという話を聞いてひと安心であった。
(文責Y.T)

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2011年7月例会

日 時:7月20日(水)19:00〜20:40
場 所: 文化のみち橦木館 (名古屋市東区橦木町2丁目18番地)
講 師:兼松春実 氏( なごや発!等身大の暮らし提案誌 『棲』(すみか) 発行人)
テーマ:「住むチカラ、生きるチカラ 〜『棲』の取材を通じて思うこと〜」
内 容:
 7月例会は、いつもとは趣をかえて、大正末から昭和初期に建てられた旧井元為三郎邸、現在、東区の文化のみちの拠点として活用されている名古屋市有形文化財「橦木館」で開催しました。講師の兼松さんは、建築やまちづくりをテーマとするライターとして取材・執筆を続けられる中で井元邸と出合い、昭和初期の建物を皆で生き返らせたい、まちに開かれたものにしたいという思いから、1996年、井元邸に「くらしの道具・本・喫茶 自由空間」を開設されました。その後、東区文化のみち二葉館の副館長として「貞奴と花子」「まちが博物館」等を企画、橦木館館長として活躍されるなど、文化のみちや名古屋のまちづくりのいまを語るうえで欠かせないキーパーソンのお一人です。
 講師の兼松氏をはじめとする3人の女性が編集されている雑誌『棲』は、「なごや発!等身大の暮らし提案誌」と銘打っているとおり、名古屋圏の都市部やニュータウン、農村部など、様々な地域で個性的な住まい方や暮らし方をしている人たちを毎号取り上げて紹介しています。例会では、その中から、購入した家や借家を住人が自ら住まいやすく改造している例、あるマンションを借りている複数の住人が、それぞれの仕事や趣味にあわせて個性的に改装している例、高蔵寺ニュータウンにありながら本格的に野菜や果樹を栽培して敷地が森のようになっている津端氏ご夫妻の家(津端家は、以前、NIMRAでも見学をしています。)、長い年月をかけてセルフビルドで鉄の家を建てた例など、多様な暮らしぶりを紹介していただきました。
 家は高いお金を出して(通常は借金をして)買うのが当たり前の現代に、自らが考える暮らしや住まい方を実現するために、自らの力で開拓している多くの事例を講師から紹介していたいだき、震災と原発事故以降、これからの私たちの生き方や暮らし方が問われている今に相応しいテーマでお話いただいたと思います。
(文責N.T)

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2011年 緑蔭講座

開催日: 9月10日(土)11日(日)
行き先: 三河湾 佐久島(西尾市一色町)
講 師: 山崎 隆文 氏 (西尾市一色町公民館長)
テーマ: 「佐久島のまちづくりのとりくみ」
日 程:
 9月 10日(土) 集合 13:15 一色さかな広場 佐久島行き船乗り場
  13:40一色港 発 14:05 佐久島 東港 着
  14:30-15:30 民宿さざなみ にて講座
  15:30-18:00 佐久島アートプロジェクト作品など見学 (案内:山崎氏)
  19:00-21:00 懇親会 民宿さざなみ 泊
 9月11日(日) 自由行動
内 容:
 土曜日は一色の渡船場に集合して午後一番の船で佐久島へわたりました。東港までは25分の船旅です。佐久島への緑陰講座は二度目ですが、15年の間にすっかり記憶が薄れています。
 民宿さざなみにチェックインもそこそこに、この日の講師一色町公民館長山崎隆文氏に佐久島振興計画のお話をうかがいました。佐久島はこの四月に市町合併で西尾市に編入されたばかりです。
 離島では安全保障上の問題もあり、振興計画には国から手厚い補助が出ます。これを利用して山崎氏を中心にちょうど15年ほど前からアートによる島起こしを実施してきました。
 最初は東京の有名なプロデューサーにお願いしていたのを、地元愛知の若手中心に切り替えたところ、作家からの情報発信もあり、島は若いカップルや女性でにぎわうようになったと言うことです。
 その後講師の案内で軽トラックに分譲して島巡り。島は観光客で賑わう一方で、高齢化過疎化が止まらず、最盛期1600人以上いた人口が今年ついに300人を切ったそうで、今一つ賑わいを生かしきれていません。島で事業を起こすにも土地に担保価値が無い為、融資が受けにくいという問題もあるそうです。
 弁天サロンで県の離島チャレンジプロジェクトの新里碧さんと名刺交換し、アートプロジェクトの代表的な作品「おひるねハウス」を見たあと、オープン間近のクラインガルテンの見学、アート作品「かもめの駐車場」や「イーストハウス」を見て宿に戻り海産物づくしの懇親会となりました。アート作品の実現には行政内部と議会の理解を得るためにいろいろご苦労があったようです。
 翌日は早目に帰られた方も多い中、残ったメンバーでレンタサイクルで島を一周して、主要アート作品鑑賞や島内の寺社の参詣をし、そのあと海辺で即席フォークソングライブをやって70年代の青春を呼び起こしました。
 181haと小さな島ですが、三河湾の有人三島の中では最大で、まだまだ見所は多いようです。
(文責K.A)

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2011年10月例会

日 時:10月25日(火) 19:00〜21:00
場 所:I.C. Nagoya 12番教室 (名駅 大名古屋ビル 1階)
講 師: 神谷 明彦 氏 (東浦町町長、NIMRA会員)
テーマ:「新米町長体験記」
内 容:
 10月例会は、今年8月に東浦町の町長に初就任されたばかりの講師から、立候補に至る経緯、選挙の顛末記、政策とマニフェスト、新米町長体験記など、ホットなお話を伺いました。以下は講演の要旨です。

 これまで、39歳から約12年間、東浦町議会議員として自然環境の保護や行財政の効率化などに取り組んできました。4月の統一地方選で町議会議員に上位当選して4期目に入ったところでしたが、町長の改選時期になり、長い間、町長を務めてきた現職候補が再出馬を表明して無投票当選が繰り返されそうな状況に当たって、閉塞・しがらみ・依存の体質を刷新せねばならないと考えました。6月定例議会が閉会し、愛知県の長良川河口堰調査PTヒアリングを終えたのちに議員を辞職し、8月初旬の町長選挙に名乗りを上げました。
 現職側は、町議会議員のほとんどと、区長会など町内の各種団体をほとんど全てを動員する大規模な組織選挙を繰り広げたのに対して、(講師側は)想いを同じくする仲間が集まって選挙戦に挑み、当選を得ました。一番の勝因は、住民の皆さんの中に高齢多選(現職は8期32年、76歳)に対する批判があったことでしょう。それに加えて、現職の陣営がピラミッド組織をつかって住民を当然のように選挙協力させようとした姿勢が反発を買ったのだと思います。(講師が)苦労してつくった政策集もそれなりの評価を頂いたと思います。
 選挙戦の中では、現職の対立候補を表立っては応援できない雰囲気の中で、女性や若者を含む日頃町政に参加していないフツウの人たちが、一人、また一人と運動を手伝ってくれて、だんだん支持の輪が広がっていくのを感じました。住民の皆さんの一つ一つの支持の積み重ねで、何とか当選することができました。沢山の方々が、それぞれの立場で、それぞれのやりかたで選挙に関わって下さったお蔭です。
 まちづくりも同じだと思います。自分たちのまちの中で、それぞれの立場で、それぞれのやり方で、住民の皆さんが能力を発揮できれば、きっとすばらしいまちになると信じています。町長は、そのための合意形成のリーダーシップ、ベクトル合わせのリーダーシップをとっていきたいと考えています。
 いま、住民参加、コンパクトなまちづくり、自立した思いやりのある子どもたちを育てる教育、将来世代にツケを残さない財政運営などを盛り込んだ政策集の実現を目指しています。9月の初議会では、正副議長以外の全ての議員から質問がありました。厳しい質問や意見も頂きましたが、議会の活性化に役立っていると思っています。公約の中でまずできることとして、自分の町長退職金を廃止しました。二元代表制では野党・与党は存在しません。議会とは、感情的ないがみ合いではなく、住民の立場に立った冷静な議論をしたいと考えています。町の内外での会議や行事のスケジュールに追われる毎日ですが、早く自分のペースを取り戻し、勉強し考える時間を作らねばならないと思っています。
(文責A.K)

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2011年11月例会

日 時:11月15日(火) 19:00〜21:00
場 所:I.C. Nagoya 12番教室 (名駅 大名古屋ビル 1階)
講 師:脇坂 博明 氏((株)脇坂公開企画 代表取締役、株式公開コンサルタント・内部統制アドバイザー)
テーマ:「混迷世界における日本の財政・金融ならびに都市問題」
内 容
 講師の脇坂氏は、東京・名古屋・福岡で株式上場支援や企業経営コンサルタントとしての実務経験が豊富で、この混沌とした世界経済情勢の中において、今後の日本経済の趨勢の手がかりを提供してくれました。
 今回は、まちづくりの基本的な指針となる財政と金融を国際的な視点からひも解き、我々の身近な日常生活や日本の未来の都市問題について、最近のオリンパス事件を事例に農耕民族と狩猟民族の意思決定の相違点など、本当に「人を引き付ける熱弁」を披露してくれました。
 テーマのタイトルが少し硬かったのか、または気候が寒くなったのが影響したのか、参加者わずか6人という少し寂しい例会でしたが、参加人数に反して話の内容は世界における財政金融情勢の現状からエキサイティングなものになりました。

 テーマの構成は、次の3つのキーワードを活用し、具体的な話が展開しました。
 ヒト・モノ・カネは、なぜ「カタカナ」で記載するのか。

 日本人の特性としては、農耕民族のためか温厚な村長(むらおさ)の性善説のもとで、年長者の意思を過大評価し、意思決定に際しては根回しのうえ、足して2で割る手法など変化を求めず、一か所への定着性が強いため、より生活環境の良い地域への移動性が弱い。
 一方、狩猟民族や騎馬民族では、農耕民族とは異なる発展過程を経たため、農耕民族固有の時間をかけた根回しや足して2で割る手法でなく、性悪説に基づいたチェック機能と、強力な大統領型リーダーシップのもとで瞬時に統制され、移動しながら戦略的な判断を行ってきた。
 日本人の特性にも良いところはあるが、混迷するグローバル経済の中では、その意思決定の対応に遅れがちであり、オリンパス事件のように会社所有と企業経営の分離、監督機能の性善説と性悪説など、世界ではなかなか理解されない事象といわれる。そして、脇坂氏は日本人組織の特性として、この事件が解明されていく中で自殺者が出て、一件落着と予言する。
 最近の世界経済の混迷は、先進国のポピュリズム迎合主義による財政出動など、大衆民主主義の限界を示して巨額な財政赤字を生んでいるほか、世界経済の牽引車の中国であるが、都市と農村の人権ならびに所得の格差、人件費の高騰、外資の撤退、水の欠乏などが大きな社会問題であり、5年内に現在のバブル経済が崩壊し、世界経済に一層の不確定要素をもたらすという。
 まちづくり面では、東日本大震災やタイの大洪水の被害もその起因は自然災害であるが、その被害を大きくしたのはヒト、モノ、カネの使い方が大きく影響している社会災害であり、直接的な設備投資のみならず、基盤整備へのヒト、モノ、カネのバランスある投資配分が必要とのこと。

 例会後の飲み会では、引き続き活発な国際経済論議が展開されましたが、時間が足らず、またの論議を楽しみにして終宴となりました。
(文責K.H)

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2011年12月例会

日 時:12月14日(水) 19:00〜21:00
場 所:I.C. Nagoya 12番教室 (名駅 大名古屋ビル 1階)
内 容:情報交換市
 大阪都構想、TPP問題等、最近の話題について参加者で談義しました。

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